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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)7536号 判決

原告 中村節

右訴訟代理人弁護士 吉田暉尚

被告 吉村株式会社

右代表者代表取締役 伊東礼介

被告 伊藤重治

右両名訴訟代理人弁護士 吉村徹穂

主文

一  被告らは各自原告に対し二一五万六八〇四円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  (原告)

(一)  被告らは各自原告に対し五五三万三六三三円及びこれに対する本判決確定の日の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  (被告ら)

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二(原告)請求原因

一  原告は被告会社の従業員であったところ、昭和四八年一二月一八日午後四時一五分頃被告会社旧館三階作業場において作業中床上に落ちていたビニールの紐を拾おうとして中腰になったところ、附近の見本棚の上に積んであった重さ約三〇キログラムの紳士用反物が落下して原告の後頭部に当り(以下これを本件事故という。)、外傷性頭頸部症候群等の傷害を負った。

二  本件事故は、同作業場において被告会社の従業員である被告伊藤重治が見本棚の上の反物をおろす作業に従事中過失によって反物に肘をふれたためこれが落下したことにより発生したものであるから、被告伊藤は民法七〇九条により、被告会社は被告伊藤の使用者として民法七一五条一項により、いずれも連帯して原告が被った後記損害を賠償する義務がある。

三  原告は本件事故により被った傷害の治療のため左のとおり入院又は通院をした。

(一)  吉元外科関係

昭和四八年一二月一八日から昭和四九年六月二〇日までの間に一二七日間通院。

同年六月二一日入院し同月二二日退院。

(二)  日本医科大学附属病院関係

昭和四九年六月二二日から同年七月一九日まで二七日間入院。

同年七月二〇日から同月二八日までの間に五日間通院。

同年八月一九日から同年九月一四日まで二七日間入院。

同年九月一五日から同年一〇月六日までの間に二日間通院。

(三)  山崎整形外科関係

昭和四九年一〇月七日から同年一一月四日までの間に一四日間通院。

同年一一月五日から同年一二月一四日まで四〇日間入院。

同年一二月一五日から昭和五一年四月三〇日までの間に三一四日間通院。

(四)  長生堂整体物療院関係

昭和四九年一二月二五日から昭和五〇年一〇月三一日までの間に山崎整形外科に通院のかたわら四三日間通院。

四  原告が本件事故により被った弁護士費用を除く損害は次のとおりである。

(一)  付添看護料一八万二一六五円

山崎整形外科入院中昭和四九年一一月六日より同年一二月一四日まで付添った奈良原看護婦家政婦紹介所所属の中村浜江に支払った金員である。

(二)  病室差額分一四万五八〇〇円

山崎整形外科入院中同外科に支払った金員である。

(三)  施術料等一二万九〇〇〇円

長生堂整体物療院(以下長生堂という)に支払った金員である。

(四)  入通院雑費一八万五六〇〇円

日本医科大学付属病院及び山崎整形外科の入院日数合計九四日につき一日五〇〇円の割合で算出した入院雑費四万七〇〇円と吉元外科日本医科大学附属病院及び山崎整形外科の通院日数四六二日につき一日三〇〇円の割合で算出した通院雑費一三万八六〇〇円の合計額である。

(五)  交通費二二万三一八〇円

昭和四九年一〇月七日から昭和五〇年九月一〇日までの間歩行困難のため山崎整形外科へ通院に要したタクシー代一六万六〇八〇円、その後昭和五一年四月まで同外科へ通院のため要したバス定期券購入代二万二五〇〇円(昭和五〇年九月分一五〇〇円、その後は一ヶ月三〇〇〇円の割合)、長生堂へ通院のため要した交通費三万四六〇〇円の合計額である。

(六)  医師等への謝礼金八万九〇〇〇円

吉元外科の医師、看護婦等への謝礼金一万一〇〇〇円、日本医科大学附属病院の医師、看護婦等への謝礼金二万九〇〇〇円、山崎整形外科の医師、看護婦等への謝礼金二万九〇〇〇円、付添婦中村浜江への謝礼金二万円の合計額である。

(七)  逸失利益三七七万五〇〇〇円

原告は、本件事故による受傷のため稼働することができず、昭和四九年一二月末をもって被告会社を退職することを余儀なくされ、その後も収入の途を得ることができない。原告の退職当時の月額賃金は九万五〇〇〇円、賞与は年額五六万円(六月、一二月支給各二八万円)であった。原告は昭和四九年一二月に支給されるはずの賞与二八万円の支給を受けていない。また、原告は、右受傷がなければ引続き被告会社に勤務し、賃金及び賞与の支給を受けることができたはずであるが、昭和五〇年一月以降昭和五二年一月までの得べかりし賃金及び賞与相当額は三四九万五〇〇〇円である。従って、昭和五二年一月現在における原告の喪失した得べかりし賃金及び賞与相当額の合計は三七七万五〇〇〇円となる。

(八)  慰藉料二二〇万円

前記三のとおり原告は入院九九日、通院四六二日(長生堂関係を除く)に及ぶ苦しみを味わったので、この間の精神的苦痛に対する慰藉料は一七〇万円が相当である。また、原告は右入通院による治療の専念にもかかわらず、手足の局部のしびれ、頭痛、めまい、吐気等の後遺症を残すこととなったが、その精神的苦痛に対する慰藉料は五〇万円が相当である。従って、本件事故による慰藉料は合計二二〇万円が相当である。

五  原告は昭和五二年一月一九日本件事故による労災保険金一九九万六一一二円を受領した。

六  原告は被告らが本件事故による損害賠償義務を履行しないので東京弁護士会所属弁護士吉田暉尚に訴訟委任し、その報酬として六〇万円を支払うことを約した。

七  よって、原告は被告らに対し本件事故による損害賠償金として五五三万三六三三円(前記四の金額より五の金額を控除し、これに前記六の金額を加算)及びこれに対する履行期到来後である本判決確定の日の翌日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払いを求める。

第三(被告)請求原因の認否及び主張

一  請求原因一の事実のうち、落下した反物の種類、重量は否認し原告の傷害は不知、その余の事実は認める。落下した反物は婦人用の一五ないし二〇キログラムのものである。同二の事実のうち被告伊藤が被告会社の従業員であり当時旧館三階作業場において見本棚の上の反物をおろす作業に従事中であったことは認めるが、その余の事実は否認する。被告伊藤が見本棚の上から反物を引出そうとしたときこれにつれて引出されてきた別の反物が落下して原告に当ったのである。同三の(一)ないし(三)の事実のうち入通院の点は認めるもその期間は不知、同(四)の事実は不知。同四の事実のうち原告が昭和四九年一二月末をもって被告会社を退職したこと、退職時における原告の月額賃金が九万五〇〇〇円であったこと、被告会社の賞与が毎年六月及び一二月に支給されていたこと、被告会社が昭和四九年一二月分賞与を支給していないことは認め、その余の事実は否認する。被告会社は同年一一月一八日奈良原看護婦家政婦紹介所に付添看護料として三三二〇円及び三万三二〇〇円合計三万六五二〇円を支払っている。また、被告会社における従業員の賞与の平均額は月額賃金の二ヶ月分である。同五の事実は認める。同六の事実は不知。

二  被告会社は原告の傷害治療のため別表記載のとおり出捐したほか原告負担分の健康保険料及び厚生年金保険料七万二六一八円を負担し、また、本件事故後原告が昭和四八年一二月に二日、昭和四九年二月に二日、同年三月に一日、同年六月に八日、同年七月に二二日、同年八月に一四日それぞれ欠勤し、同年九月以降退職した同年一二月末まで全休であったにもかかわらず、昭和四八年一二月から昭和四九年一二月まで毎月九万五〇〇〇円の割合による賃金全額及び昭和四八年一二月分賞与二八万円、昭和四九年六月分賞与二六万六〇〇〇円を支払った。このように、被告会社は原告の傷害の治療及び生活保障のため十分誠意を尽しているのである。

三  仮に被告らに本件事故につき原告に対し損害賠償責任ありとするも、原告も自ら反物落下の危険のある見本棚附近で作業をしていた点において過失があった。

第四(原告)被告の主張の認否

第三の二の事実のうち被告会社が原告に対し誠意を尽したとの点は否認しその余の事実は認める。同三の事実は否認する。

第五証拠関係《省略》

理由

一  被告会社の従業員であった原告が昭和四八年一二月一八日午後四時一五分頃同社旧館三階作業場において作業中床上に落ちていたビニールの紐を拾おうとして中腰になったところ附近の見本棚の上に積んであった反物が落下して原告の後頭部に衝突したこと、その際被告会社の従業員である被告伊藤が右見本棚の上に積んであった反物を下ろす作業に従事中であったことは当事者間に争いがなく、この事実と《証拠省略》によれば、被告会社の旧館三階作業場には高さ約二メートルの反物見本棚が置かれ、棚の最上部は平面であって周囲には支えになるようなふちどりはなかったこと(従って、棚の最上部に反物を置いた場合震動等による反物の落下を防ぐべき設備はなされていなかったことになる。)、当日被告伊藤は見本棚の前に長椅子を置きその上に乗って棚の最上部一面に一列に並べられていた反物(長さ約一五〇センチメートル、短径約三五センチメートル、長径約六〇センチメートル、重さ約一三キログラムの楕円筒形で縦一箇所横二箇所に紐が交叉して縛ってある)を左側から順次下ろし下にいる他の従業員に手渡しする作業に従事していたこと、その下ろし方は反物にかけられていた紐をつかんで手前の部分を若干左へずらしてこれを引出すという方法であったこと、被告伊藤が右作業に従事し棚の左端から一メートルの附近まで置かれた反物を下ろしたとき棚の最上部の右端にあった反物が落下し、たまたまその附近の床でビニールの紐を拾う作業をしていた原告に右反物が衝突して本件事故が発生したことが認められ(る。)《証拠判断省略》

ところで、本件にあらわれた資料からは右認定以上にいかなる経過をたどって反物が落下したかを具体的に知ることはできないのであるが、右認定のように周囲に落下防止設備のない棚の最上部に反物が一面に置かれている以上最右端の反物に直接又は間接になんらかの力が加われば反物が落下する危険のあることは何人にも明らかなところであるから、引下ろし作業に従事する者は反物落下の事態を生ぜしめないよう十分注意を払うべき義務があるものといわなければならない。本件事故も被告伊藤が右のような見本棚上の反物を左端から順次引下ろす作業中に発生したものである以上引下ろす際、棚を震動させたか或は反物又は同被告の身体が未だ引下ろしていない反物にふれたり又はこれを押したりなどしてその影響が順次最右端の反物に及んでこれが落下したものと経験則上推定せざるを得ないのであり、特段の反証がない以上同被告の作業と無関係に落下したものと考えることはできない。反物落下の原因が右のように推定される以上被告伊藤の引下ろし方法に過失があったものと推定されてもやむを得ないというべきである。

被告らは過失相殺を主張する。原告としては、よもやかかる事故に遭遇することはあるまいと信じて見本棚附近でビニール紐整理の作業に従事していたものと推察することができるが、前記認定のように見本棚上に置かれた反物は落下の危険があるとはいえ、引下ろし作業に従事する者がほんの僅かの注意を払いさえすれば容易にその危険は防止し得るのであり、特に取扱い対象が被告会社の商品であり落下の危険の有無とはかかわりなく従業員たる以上慎重に取扱うのが当然であるから、原告が反物落下の危険なしと信じて見本棚附近で作業をしたとしても、原告に過失ありとなすことは相当ではない。

二  《証拠省略》によれば、原告は本件事故のため外傷性頭頸部症候群の傷害を受け、その治療のため請求原因三の(一)ないし(三)記載のとおり吉元外科、日本医科大学附属病院、山崎整形外科へ入院及び通院をくり返したこと(入通院の事実は当事者間に争いがない)、この間原告は、頭部、項部、頸部、背部、上下肢等の痛み、しびれ、めまい、嘔吐、耳鳴り、歩行障害等の症状を呈したが、本件事故直後は被告会社に出勤し勤務に従事し、そのかたわら吉元外科において通院治療を受けていたものの、日を経るにつれ症状が重くなり、神経症を併発し、重症時には歩行困難の状態になることもあり、昭和四九年六月二二日以降退職した同年一二月末までの間日本医科大学附属病院及び山崎整形外科入院中はもとより一ヶ月余の通院期間中もほとんど勤務に従事することができず欠勤せざるを得なかったこと、退職後も原告は入院こそしなかったものの同様の症状に悩まされ山崎整形外科への通院を続けた結果、昭和五〇年九月頃から漸く快方に向いはじめそれまでのタクシーによる通院をバスによる通院に切替え、昭和五一年二月頃にはそれまで困難であった食事の仕度ができるまで回復したこと、昭和五二年六月末現在においても原告には左頸部左上肢の痛み、両手掌両足底のしびれ、頸椎の軽度の運動障害等の症状が残存したが、所轄労働基準監督署長はこれら症状は固定したものと認め治ゆ認定をしたことが認められる。

三  被告らは本件事故と原告のこれら症状との因果関係を争うが、《証拠省略》によれば、原告は本件事故以前は健康で時折神経痛で膝に痛みを感ずる程度で前記二に認定したような症状を呈したことはなかったこと、本件事故のように反物の後頭部衝突により前記二認定のような各種の痛み、障害、神経症的症状を呈することは医学的に説明しうることが認められる。従って、本件事故と前記二認定の原告の各種症状との間に因果関係を認めることができ、被告会社は民法七一五条一項により、被告伊藤は民法七〇九条によりいずれも原告に対し連帯して本件事故により被った損害を賠償する義務があるといわなければならない。しかしながら他面《証拠省略》によれば、原告の前記二認定のような症状は通常に比しかなり長期にわたり、かつ重症であり、それが四四才(事故当時)の女性である原告固有の肉体的精神的素因に起因するものであることもまた否定し得ないところである。かかる場合本件事故により原告が被った財産的損害につき、不法行為者である被告らが連帯負担すべき割合は、その八割をもって相当とするというべきである。

四  そこで、原告が本件事故により被った損害について検討する。

(一)  治療関係 六一万六一四五円

1  《証拠省略》によれば、原告は、山崎整形外科入院中の病室差額分一四万五八〇〇円(請求原因四(二))、長生堂に対する施術料一二万九〇〇〇円(同(三))、交通費二二万三一八〇円(山崎整形外科通院のためのタクシー代一六万六〇八〇円、バス定期代二万二五〇〇円、長生堂への通院費三万四六〇〇円)(同(五))、医師等への謝礼金八万九〇〇〇円(吉元外科関係一万一〇〇〇円、日本医科大学附属病院関係二万九〇〇〇円、山崎整形外科関係二万九〇〇〇円、付添婦中村浜江関係二万円)(同(六))を支出したほか、山崎整形外科入院中奈良原看護婦家政婦紹介所派遣の中村浜江に対し付添看護料として一四万五七六五円(昭和四九年一一月一六日から同年一二月一四日までの分)を支払ったことが認められる。

2  以上の諸支出のうち長生堂関係分一六万三六〇〇円(施術料等一二万九〇〇〇円、通院交通費三万四六〇〇円)の相当性について検討すると、《証拠省略》によれば、原告は山崎整形外科へ通院(昭和四九年一二月一五日から昭和五一年四月三〇日までのうち三一四日間)のかたわら昭和四九年一二月二五日から昭和五〇年一〇月三一日までの間に四三日間長生堂へ通院したものであること、長生堂はカイロプラクティック及びオステオバシー療法を行なう施設であるが、原告が同所へ通うようになったのは、山崎整形外科へ通院を続けるも自らが期待した程治療効果が上っていないものと判断したので他人のすすめに従ったまでのことによるものであることが認められる。このようないわゆる二重通院については、第二の通院が担当医又は専門医の勧告によるか、第二の通院治療により症状が軽快又は全治したような場合に第二の通院に関する支出を事故と相当因果関係ある損害と認める余地があるというべきであるが、原告の長生堂通院についてはそのいずれをも認むべき証拠はない。もっとも、原告は「長生堂へ通った結果頭が楽になった。」と述べているが、前記認定のように長生堂への通院は一〇ヶ月の期間中わずか四三日に過ぎないのであるから、同所の治療が、長期にわたり入院及び通院をした山崎整形外科の治療をしのぐ効果をあらわしたと即断することは困難であり、むしろ長期間継続した山崎整形外科の治療効果があらわれたと考える余地も十分に存するのである(長生堂の治療がすぐれていたとすれば、原告はなお通院を継続したと予想されるのに、原告は昭和五〇年一〇月をもって同所への通院をやめ、一方山崎整形外科へはその後も通院を継続しているのである)。

3  そこで、前記1認定の諸支出のうち長生堂関係分一六万三六〇〇円を除いた支出五六万九一四五円と一日五〇〇円の割合で算出した日本医科大学附属病院及び山崎整形外科の入院期間合計九四日間における諸雑費四万七〇〇〇円以上合計六一万六一四五円は原告の症状、治療経過等に照らし本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることができる。

原告はこのほか昭和四九年一一月六日から同月一五日までの付添看護料として三万六四〇〇円を支出した旨主張するが、右期間の付添看護料としては原告が紹介手数料として三三二〇円の支出をしたことが成立に争いのない甲第七号証により認められるにとどまるうえ、右紹介手数料の預り証である成立に争いのない乙第一号証が被告会社の手もとに存する事実に照らすと右紹介手数料は被告会社において負担したものと認めるのが相当である。また、右期間中の付添婦に対する賃金に相当する看護料は前記甲第七号証、乙第一号証から推すと三万三二〇〇円であると推測されるが、原告がこれを支出したと認むべき書証はない。一方、他の期間の看護料については原告が全額支出したことを認むべき預り証、領収書等の書証が存するのであり、この種の支出についてはタクシー代、医師等の謝礼等とは異なり右のような書証による立証が可能であるうえ、被告らは昭和四九年一一月一八日紹介手数料三三二〇円のほか看護料として被告会社が三万三二〇〇円を負担したことを主張していることにも徴し、結局原告による右支出は立証なきものといわざるを得ない。

更に原告は一日三〇〇円の割合による通院雑費を請求する。しかし、吉元外科への通院は原告が被告会社に勤務中のことであり、《証拠省略》によれば、被告会社から同外科へは徒歩で通院が可能であることが認められるし、《証拠省略》により認められる日本医科大学附属病院の所在地は文京区千駄木一丁目であって、原告の自宅(千駄木三丁目)から至近距離にあることが認められ、いずれもあえて損害としてまで請求しなければならないような通院のための支出があったものとは認めがたい。また、山崎整形外科通院については既にタクシー及びバスによる交通費を損害と認定した以上、そのほかに損害として請求し得べき通院のための支出を認めることはできない。

(二)  逸失利益 三三二万五〇〇〇円

《証拠省略》によれば、原告は本件事故による前記二認定の症状治療のため昭和四九年一二月末をもって被告会社を退職せざるを得なかったこと(退職の事実は当事者間に争いがない)、その後原告は昭和五二年一月末現在に至るまで右症状のため稼働することができず無収入であったことが認められる。この事実によれば、原告が本件事故に遭遇しなければ被告会社との雇用関係を継続し賃金収入を得ることができたものと予測し得るから、退職により喪失した右期間中の賞与をも含めた賃金相当額は本件事故と相当因果関係に立つ損害ということができる。

しかして、原告が被告会社を退職した当時の賃金月額が九万五〇〇〇円であること、被告会社の賞与が毎年六月、一二月に支給されるが、原告が昭和四九年一二月分の賞与の支給を受けていないことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、昭和四九年一二月以後の被告会社従業員の賞与の平均額は控え目に見積って月額賃金の二ヶ月を下らないものと認めることができる。以上の割合により算出した昭和四九年一二月分賞与相当額昭和五〇年一月から昭和五二年一月までの二五ヶ月分の賃金相当額、右期間中賞与(四回)相当額の合計は三三二万五〇〇〇円となる。

(三)  慰藉料 八〇万円

原告は前記二認定のような本件事故による受傷により大きな肉体的精神的苦痛を味わったものと認めることができるが、他面被告会社が別表記載のように原告に対し見舞金等を支払ったほか、保険料等七万二六一八円を負担し、また、本件事故後退職に至るまで約一年間に原告が欠勤した期間があったのに昭和四九年一二月分賞与を除き賃金及び賞与を支払ってきたことは当事者間に争いがなく、原告及び被告伊藤重治本人尋問の結果によれば、同被告も見舞金三万円を支払っていることが認められ、これらの事実に原告の前記症状が本件事故に起因するとはいえ原告自身の有する素因もこれに少なからず与っていたことを考慮すれば、その慰藉料額は八〇万円をもって相当とするというべきである。

(四)  被告らの負担すべき損害額

1  前記三に述べたように本件において被告らの負担すべき財産的損害は総額の八割をもって相当とすべきところ、前記(一)(二)によれば、原告が本件事故により被った財産的損害は合計三九四万一一四五円であるから、その八割に相当する額は三一五万二九一六円となる。

2  原告が本件事故による受傷につき労災保険金一九九万六一一二円を受領したことは当事者間に争いがない。

3  そこで、弁護士費用を除いた被告らの負担すべき損害額を算出すると前記1による財産的損害三一五万二九一六円と前記(三)による慰藉料八〇万円の合計三九五万二九一六円から前記2による労災保険金を控除した一九五万六八〇四円となる。

4  原告が弁護士吉田暉尚を訴訟代理人に選任し本訴を提起したことは当裁判所に明らかなところであるが、事案の内容その他本訴にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、原告が同弁護士に支払うべき報酬は二〇万円が相当であると認められる。

5  従って、被告らが原告に対し支払うべき損害賠償債務は3及び4の金額を合算した二一五万六八〇四円である。

五  よって、原告の本訴請求は被告らに対し連帯して損害賠償金二一五万六八〇四円(いずれも履行期到来ずみ)及びこれに対する履行期到来後である本判決確定の日の翌日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

〈以下省略〉

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